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最高裁判所第三小法廷 昭和22(オ)3 判決

主 文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理 由

上告理由第一点は『原判決理由中に左の記載がある「しかるに同年十二月五日頃

DからB1に手紙(乙第五号証)で当分の間aを去つてbへ帰ることができないよ

うになつたから本件土地家屋を売つてもよいと言つて来たので、B1はすぐ金沢市

のD方を訪れD及びEと対談の上、本件土地家屋の買い受けの交渉をしたのである

が、Eの方から、家屋の修繕に金をかけたとの理由で元の買受代金に八百円を増額

して、二千円で買い取つてほしいと要望し、なお帰宅後B1の妻と相談の上返事を

してもらえば結構だとの申し出があつたのて、B1は帰宅して、妻と相談の結果、

右価格で買い受けることにし、当時代金二千円をD方へ送金したこと、これに対し

Dから右代金の受領を認め登記に都合のよい日を知らせてくれとの葉書(乙第一号

証)をB1に出していることなどを認めることができる。すなはち右の事実によれ

ば、前記売買についてはD方でD、E、B1の三者対談で交渉し、殊にB1の本人

訊問の結果によれば、増額の点に関しては、E自身から要求を持出しているのであ

つて、このことからすれば、売却の申し込みはDの代理行為を考えるまでもなくE

自身その申し込みをしたものとみるのが相当であり、B1が承諾の意思表示として

代金二千円を送金したのはDに宛てたものであることは、これを窺うに難くはない

がDとEとが別居したり或は離反したりしていたというような特別の事情があつた

ことの認められない本件において、殊に前記交渉のいきさつにかんがみ、DがEの

ため右承諾の意思表示としての送金を受領する権限のあつたことは疑いの余地のな

いところであつて要するに前記EとB1間の売買契約はB1の代金送付により有効

に締結せられたものとみなければならない。Dは原審証人として、前記売買契約は

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DがEの承諾を予想し独断でとりきめたものであるが、結局Eの承諾は得られなか

つたのであるなど、前記認定に反する証言をしているが、当裁判所は措信しない」

(1)右記載中売買契約にEが関与したような認定部分は事実に反する、また右に

よれば売買契約の申込は「Dの代理行為を考えるまでもなく本人E自身その申込み

をしたもの」であつてその承諾の意意表示として金二千円を盛次宛送金したことに

よつて売買契約が有効に締結せられたものと認定してゐる、しかし売買契約の締結

があつたとしても原判決の文理上それは債権契約に過ぎないものとみねばならぬ。

従つて右契約によつて直ちに所有権が被上告人B1に移転したものとの結論に達す

ることはできない、このような説示で以て被上告人B1に既に所有権が移転したも

のとして上告人の主張を排斥した原判決は意思表示の解釈を誤まり法律の適用を誤

つたものである。(2)次に右二千円をD宛送金しDが受領した事実を「DがEの

ため右承諾の意思表示としての送金を受領する権限のあつたことは疑の余地のない

ところ」であるとしてゐるが、Dが受領したことは単なる事実であつて送金による

被上告人B1の意思表示の相手方はDであり権限のない第三者に対するものに過ぎ

ない被上告人B1としては直接Eに送金するのに何等支障がなかつたのであるから

右送金はEのため受領権限があつたかなかつたかというようなことは全然考慮され

ずにD自身に送金されたものである。原判決はこの点について何等証拠に基かない

で歪曲した認定を敢行してゐる。Dは右意思表示受領の代理人でないことは原判決

の文字上明白であるが承諾の意思表示として二千円受領の権限があつたというのは

受領機関であるとでもいうのであろうか牽強附会の説示である。何れにしても承諾

の意思表示としてならば、Eに到達したとき始めて契約締結の効果が発生すべき筋

合である。代理人でもなく機関でもない、従つてEにその意思表示が到達する筈が

なく、また到達せしめる意思を以て意思表示をなしたのでもない、本件について特

にこの点に関する明確な御判断を願いたい』と言うのである。

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先ず前記(1)の主張中Eが本件売買契約に関係したと認定したのは事実に反す

る、との主張について判断するのに、原判決の挙示した、被控訴人(被上告人)B

1の本人訊問における供述、及び乙第五号証等によれば、判示同趣旨の事実を窺い

知ることができるから、虚無の証拠によつて事実を認定したものということはでき

ない、従つて論旨は理由がない。次に債権契約によつて直ちに所有権が移転したと

認めるのは不当であるという上告人の主張を排斥したのは、意思表示の解釈を誤つ

たものであるという論旨について考えて見るに原審は判示の契約を所有権譲渡の物

権契約と認めたのであつて、債権契約と認めたのではない、それだから原審は其の

後の履行などということについては少しも審理せず該契約によつて直ちに所有権が

移転したものとしたのであつて、少しも不当のところはない。論旨では「原判決の

文理上それは債権契約にすぎないものと見なければならない」と言つてゐるけれど

も、そんなことはない、「売り渡す」「買受ける」「売買契約」等の語は、必ずし

も債権的売買のみを意味するとは限らない、物権的所有権譲渡の意に用いられるこ

ともよくある。其の他原判決の文理上債権契約と見なければならないところは少し

もない。なお特定物の売買においては、反証なき限り、所有権移転の物権契約と見

るを相当とする場合が多い。本件の如く目的物は買主の占有に属し、且代金の支払

迄済んだ場合の如きは特にそうであつて、原審の認定に違法はない。要するに論旨

は原判旨に添はない批難で理由なきものである。次に(2)の主張について判断す

るのに、原審においては乙第一号証、同第五号証、被控訴人B1の本人訊問の結果

及びDE夫妻が別居したり離反したという様な特別な事情もなく、終始協力して本

件売買の交渉をしたいきさつ等を参酌して売買契約承諾の意思表示としてのB1か

らの送金をDが受領する代理権のあることを認定したもので、右資料によつて、か

かる認定をしたことは不当でない。従つて論旨は理由なきものである。

同第二点は「原判決は本件不動産の所有権が被上告人B1に移転したものと推論

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してゐるが所有権移転の物権契約が何時締結きれたかを明示していない、物権契約

締結の時期を明示しないで所有権が移転したというが如きは判決理由に齟齬がある

ものと謂はねばならぬ、このような物権契約の存しない本件に於ては登記名義人で

ある上告人は名実共所有権を有し、登記なく且従来から不法占有を継続してきた被

上告人B1に於てその所有権を主張しても上告人に対抗できない。殊に被上告人B

2は全然自己の所有権をも主張してゐないからその占有には正当権限を認められな

いに拘らずこれを認容した原判決は所有権の所在に関する物権法の解釈適用を誤つ

た違法がある」と言うのである。

原審は物権契約が成立したものと認めたことは、第一点において説示した通りで

ある。原審は本件売買契約成立の日時を明示しておらぬけれども、昭和十八年十二

月中に本件売買契約は成立したと言う被控訴人の主張を採用しておるのであり、又

同年十二月五日DからB1に対し、本件物件を売つてもよいという手紙を出したの

で、B1は直ちにD方に行つてD、E、B1三人対座の上売買契約の交渉をなし、

それよりB1は自宅に帰ると間もなく、売買契約承諾の意思表示として、金二千円

をD宛に送つたときに売買契約は成立したと言う事実を認定しておるので本件売買

は同年十二月中成立した事実を認定したものと言うことができる。従つて日時を正

確に示さなくとも本件売買成立の事実説明として欠くるところはない」。なお論旨

の中に「被上告人B2は全然自己の所有権を主張してゐない」云々の字句がある。

なるほどB2は自己の所有権を主張してはゐないけれどもB1の家族として同居し

てゐる旨を主張してゐるのであり、原審は、其の事実を認めてゐる、そして上告人

は自己の所有権を原因として本件請求をしてゐるのであるから、原判示の如く其の

所有権が否定せられた以上B2に対する関係においても、請求が排斥せられるのは

当然で原判決には何等不当はないから、論旨は採用し難いものである。

同第三点は「不動産の売買は文書による契約書を作成するのが通例である。本件

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に於ては契約書を作成するまでに至らなかつた、D、B1間の交渉はまだ売買契約

締結に迄達してゐない予備的行為に過ぎない、B1、E間の売買契約書を作成して

始めて契約締結完了したとなすのが経験則であり慣習である、本件に於てはDは勿

論被上告人B1に於ても売買契約締結が完了し、またこれに基いて所有権がB1に

移転してしまつてゐるものと思つてゐない、従つて当事者の意思を無視し原判決の

如く所有権が被上告人B1に移転したものとの前提の下に上告人の請求を排斥する

のは失当であり本件の実情に添はずまた一般取引慣行、経験則に違背する断定であ

る」と言うのである。

しかし、ごく親しい友人親族等の間では契約書など作らない場合もよくあること

で、契約書ができて始めて売買が成立したものと見なければならないという経験則

は存在しない。所論の如く、本件においては、当事者間に売買契約書を作成した形

跡は認められないけれども、原審においては、挙示の各証拠により、B1からの送

金によつて当事者双方の意思が合致して売買契約が成立したものと認定したのであ

り、かかる認定はもとよりなし得るところであつて所論の如き違法はない。従つて

論旨は理由なきものである。

同第四点は『原判決はその理由中に「前記売買契約後それが解除せられた等のこ

とは控訴人の主張立証しないところであるから本件土地家屋は現に被控訴人B1の

所有に属してゐる」と判示してあるDは独断で本件不動産の売買交渉をなしたが所

有者Eの承諾は遂に得られなかつたので昭和十九年四月五日附書面を以て(甲第三

号証)売買談の取消通告を為すと共に金二千円を返送した、被上告人B1は同金額

を受領すると同時に(原判決の筆法からすればこれは取消の意思表示の受諾であり

合意による取消である)甲第四号証の一、二の書信をDに寄越した、同証によれば

「昨日拙者不在の所其方よりの手紙に反対なる意見を述べ大に迷惑でした―中略―

今と有りては根の無き水草の如く此屋に居る気は更にないので人間一生は用なしと

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思ふても道芝草にも用事の有ることも有る様に兎角来て住居しなさい拙者は是より

借屋を探しので今では大変都会から人が入り込んで中々見当らないが云々」とあつ

てD、B1間の本件不動産売買談は―売買契約の締結があつたとしても―右甲第三、

四号証によつて最終的に解消された事実が充分に窺えるのである、Dが右取消通告

を為したのに対しB1は不服ながらもこれを諒として本件不動産の買受を断念し他

に転宅を決意をした実相を如実に看取できるのである、原判決を通読すると如何に

もDが横車を押してB1を困らせてゐるように見え、原審もまた、このような考慮

から結論を導いた如く察せられるけれども、事実とは甚だ距りがあり、Eを夫Dの

従的存在としてその人格を軽視した結果に外ならない、妻が夫の権利を独断で処分

する約束をしても夫に効力を及ぼさないと同じく夫が妻の権利を独断で処分する約

束を第三者と為しても妻にその効力を及ぼさない、原判決は夫権偏重の封建的思想

に立脚して著しく妻の人格を無視したものであつて、国民は法の下に平等であり性

別により妻たる身分により差別を設け基本的人権の保証を侵害する疑のある原判決

は破毀せらるべきものである、原判決は前述の如く「売買契約後それが解除せられ

た等のことは控訴人の主張立証しないところである」として甲第三、四号証を無視

し、または正当な解釈を為さないで故意に被上告人等に有利に引用したものと見ざ

るを得ない』と言うのである。

しかし、本件記録によれば、上告人は、原審第一回弁論期日において、第一審判

決事実摘示の通り陳述したことが明らかである。そして第一審判決事実摘示には上

告人(原告)は「被告等主張の如く、被告B1より二千円送金して来た事実は認め

るが、本件土地建物に対し主張の如き売買契約は成立して居らぬので右二千円は本

件土地建物の売買代金でないから、Eの夫Dは、被告B1に右二千円を返金したの

であると述べ云々」とあり、本件売買の不成立を主張してゐるのであつて、売買契

約は一旦成立したけれども後にこれを解除したものだとの主張はして居らないであ

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る。尚第一審の第一回準備手続においても上告人(原告)は「本件売買契約は成立

しておらないのである、従つて右送金を受けた二千円は本件土地建物の代金でない

から返金したのである」と陳述し、且つ売買契約不成立の立証として甲第一乃至五

号証を提出したことが記録上明らかであつて、以上の主張並に立証の趣旨を変更し

た事実は記録の何処にも見当らない。甲第三号証同第四号証には所論の如き記載の

あることは認められるけれども上告人は一審以来終始売買契約の不成立を主張し且

つ其の主張事実立証の為甲号各証並に証人の申請をなしたのであつて契約の解除を

主張し且つ解除の立証を為した形跡は認められないから原判決は所論の如き主張事

実を無視したり証拠判断を遺脱したという違法はない。又甲第三、四号証を無視し

又は正当な解釈をしないで故意に被告に有利に引用したとの所論は畢竟原審が適法

に為した証拠判断を非難するものであつて理由がない。

同第五点は「原判決は採証の法則を誤まり違法に証拠の取捨判断を為してゐる、

被上告人B1は、その妻はつい、妻の兄F等の近親者を証人として出廷せしめ自己

に有利な証言を為さしめた、Fについては、上告人は金沢地方検察庁七尾支部へ偽

証の告訴をしてあるが(別紙証明書御参照)このような近親者の証言の信憑力につ

いての原審の判断は他の書証と相俟つて当を得てゐない、証人G、H等は上告人及

被上告人等とは近親関係なく信を措くに足る人々であるに拘らず、これら証言を措

信しないものとしてゐるが被上告人B1の妻並に妻の兄弟等は被上告人B1に迎合

的な供述をなすことは容易に首肯できることであつて、これら供述を措信すること

は常識的推理からしても納得出来ない、信憑力の前提であるこのような事情を先ず

考慮に容れて判断すればその結論は自ら明らかである、殊に証人Fの証言は原判決

に於て勝訴理由の基礎となつてゐるが、同人に対する偽証罪の告訴事件について、

その黒白も遠からず明確となるから若し偽証の事実が確定すれば当然原判決に影響

を及ぼすものである。しかしその黒白を俟つ迄もなく本件記録上前後の事情を判断

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して考察すれば偽証であることを推断するに難くない、このような証拠を被上告人

勝訴の基礎としてその理由を案出した原判決は破毀せらるべきことを信じて疑はな

い」と言うのである。

しかし近親者の証言を捨てて他人の証言を採用しなければならないと言う法則は

ない。論旨は畢竟原審が適法になした証拠の取捨判断を非難するもので上告の理由

とならないものである。

同第六点は「農地調整法第四条によれば農地の所有権の移転には地方長官の許可

又は市町村農地委員会の承認を受けねばならぬ、この許可又は承認を受けず為した

行為は無効である、本件不動産中畑二畝十八歩については農地調整法附則第二項の

趣旨により登記及引渡の双方の履行がないものとして前記法条による許可又は承認

がないから所有権移転の効力を生じてゐない、原審はこの点を無視し農地調整法第

四条との関係にいて当事者に対し釈明権を行使せず原判決にも言及することなく漫

然所有権が被上告人B1に移転してしまつたと速断した違法がある」言うのである。

しかし、本件契約当時は、まだ農地調整法第四条は適用されない時期であるから

同法の規定を基礎とする論旨は理由がない(本件行為当時の農地調整法には、農地

の処分につき所論の様な制限を設けた規定は存在しない。該行為当時施行せられて

ゐた臨時農地等管理令に処分の制限はあるが、同令においては、地方長官又は農林

大臣の許可を必要とするのは農地を耕作以外の目的に供する為権利を取得する場合

に限られて居り、目的を要件として居るのである、しかるに記録を精査して見ても

原審において、右の目的については何れの当事者からも主張乃至立証のあつた形跡

は少しもないから、原審がこの点にふれなかつたのは当然で何等違法はない。論旨

は採用に値しないものである。

よつて民事訴訟法第四百一条第九十五条及び第八十九条により主文の如く判決す

る。

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以上は裁判官全員一致の意見である。

最高裁判所第三小法廷

裁判長裁判官 長 谷 川 太 一 郎

裁判官 井 上 登

裁判官 庄 野 理 一

裁判官 島 保

裁判官 河 村 又 介

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